前回は、札所26番の円融寺から奥の院である岩井堂を通り、この護国観音まで来たことを書きました。

>>円融寺と奥の院である岩井堂へ修験道のお堂から護国観音へ26番秩父札所

今回はその続きからです。

この護国観音まで来れば、大渕寺まであと少しです。

護国観音が思ったよりも大きかったことに驚きました。観音様にしては珍しく剣を持っていますね。

それで「護国」となっているのでしょうか。

秩父、それも影森の街が見えます。

この光景を毎日みている観音様です。昭和10年に建てたそうです。

そもそも大渕寺はこのあたりに建っていたのだそうです。


秩父を見下ろす眺めのいい場所にある護国観音

咲いているのは桜だと思うのですが、護国観音様のそばの桜はまだまだでした。

それにしても晴れた日だったので、眺めがいいです。両神山が見えるらしいですが、どれでしょうか。

これまでの苦労が吹き飛びます。

琴平神社の石段、岩井堂前の300段以上ある石段、そして修験堂の山道、さらにはここ護国観音までの道までたどり着くという苦労です。

毎週のようにトレッキングやハイキングしている人にはなんてことない道なのでしょうが、慣れていない私には難行苦行でした。



護国観音様のまわりは、岩つつじでしょうか。

まだ咲き始めという感じです。

琴平ハイキングコースの一部となりますが、ここでお昼ご飯を食べている人もいました。

さて、もうひと頑張りすれば大渕寺に行けるので、それほどゆっくりする間もなく歩き始めました。

 



だんだん札所27番が近づいてきたようです。

琴平ハイキングコースの文字の下には、矢印があって札所27番を指し示していました。

そういえば、この大渕寺は春先にはカタクリの花が咲くのだそうですが、カタクリの花のある場所はわからないままです。

札所25番のような群集となって咲いているでしょうか。

それとも道端に咲いているだけなのか。


桜の園のような大渕寺

おそらくカタクリの花が咲いているとなると、この斜面のあたりだと思うのですが、カタクリの花よりも、目についたのは、お堂のまわりの桜です。

ハイキングコースからもきれいに見えて桃源郷のように見えます。桃ではないので、桜ですけど。

本堂のまわりや参道にも咲いているのがよく見えました。

特に、ハイキングコースの高いところから見下ろす感じがいいですよ。

近くでみるのもいいですが、遠くからの眺めは最高でした。



観音堂のところには、いつものお寺の縁起を書いた奉納額絵がありました。

 

「昔、行脚の僧宝明は諸国を巡り此の地が霊場の多いのにうたれ春秋七年過ごし思わぬ足を病となり弘法大師の此の地に至ってこれを見、一体の観音様を刻みて与えました。宝明は悦び吾一人拝するのはもったいなしと里人に伝え一宇の堂と建て本尊を祀り宝明を第一祖にしたという縁起があります」

行脚僧の宝明はここで足の病になり、7年も滞在していたところ、諸国を巡回中の弘法大師が聖観音像を刻んで与えたら、病が癒えたということです。

その霊験あらたかな観音像を祀るお堂を建立して作ったのがこの大渕寺ということです。

護国観音の琴平ハイキングコースからは、観音堂のほうに先に到着します。

 


月影堂が観音堂

月影堂と書かれている観音堂です。

先程も書いたように裏手の山のほうにお堂があったため、夜は月を眺めることができました。

その月の美しさから付いた名前だそうです。

読経はこちらの観音堂にて行いました。


参拝を済ませると、さらに下に下がっていきました。

桜の花がきれいです。

大渕寺はそれほど桜の名所と言われてなかったように思えます。

だから穴場なのかもしれませんね。

 


山門のほうには見事な枝垂れ桜です。

3月頃ですと、お寺によってはまだ緑が少ないのですが、桜があるお寺ですと、このような桜を楽しむことができます。

風情のある山門とよくマッチしています。

 


延命水が有名な大渕寺

ふと、右側をみると、「観音山延命水」と書いてあるところが見えました。

そこからは水が出ています。

山からの湧き水でしょうか。

この水を飲むと、一口で33ヶ月長生きできるという言い伝えがあるそうです。

 



桜をバックにした本堂です。

桜とマッチしているのですが、その美しさがスマホのカメラでは活かしきれていませんね。

大渕寺は、明治、大正と2回も焼失しているそうです。



観音堂である月影堂よりは、本堂のほうが古く見えました。

月影堂は新しいみたいですね。

 



梵鐘は撞くことができないようになっていました。

鐘撞堂の後ろに見えるのが寺務所です。

ここで御朱印をいただきました。

 



このように、大渕寺の裏手にある山のほうから降りてきました(略図もあります)。

いつものなら山門から入って巡礼なのですが、今回は逆コースになります。

裏手の月影堂(観音堂)は見えますが、護国観音様がみえませんね。

それよりも桜です。写真よりもずっときれいで感動します。

 


趣きのある山門(桜の頃は特に見栄え良し)

先程は、逆コースから来たため、山門の裏手の写真でしたが、こちらが表からみた山門です。

右手の枝垂れ桜が本当にきれいでしたよ。

この日は私一人しか境内にいなかったので、独り占めです(琴平ハイキングコースには人がいましたが、巡礼の人はいなかったようです)。

 



山門の前の道をくだっていきましたら、「二十七番目」の石碑がありました。

結界のようにしめ縄のような縄が貼ってある石碑があって、まるで鳥居のような感じに見えました。

この大渕寺は秩父市の説明書きによると、

この本堂は三間四面、一軒瓦葺、寄棟造りで、本堂前面に立つと裏山に護国大観音が拝される。
堂にはぬれ縁をめぐらし、正面唐戸に左右舞良戸をたてまわした仮堂形式で、大正8年本堂全焼により、その後再建された。また、平成8年には、観音堂である「月影堂」が再建されている

ここには、大正8年に焼けたことしか書いてありませんでした。

2回焼けたことがあると聞いていたのですが。どうなのだろう。



山門を出て、石柱のところを通り、さらに出ると、「大渕寺」と書いてある石碑がありました。

お寺全体と桜を入れて花園のようになっている写真を撮りたいと、後ろに下がって写真を撮っていたら、お地蔵様のところに影森用水のことが書いてある看板を見つけました。



埼玉県指定の旧跡、影森用水です。昭和37年10月1日に指定されていました。

延命水も影森用水に流れついているのかなと思いました。

秩父市の説明書きによると、

「安政4年(1857)当時の上影森村名主関田宗太郎氏が戸数八十二戸の岡村に二ヶ所の井戸があるばかりで、飲料水その他に困っているのを見て、私財をもって三輪渓より水路を通じて村内に給水したもので、これによって、上下影森の人々の飲料水の便はもとより、作物を作るにも非常な恩恵を受けました。

氏はさらに大宮郷(現秩父市)への給水を計画、大野原村(現秩父市)萩原佐伝次氏と協力して万延元年(1860)橋立川の水を疎水し、沿線の田畑に灌漑し、新田16町歩の開墾を進め、それらの功が認められ、忍藩より名字帯刀の栄誉を与えられました」

私財を投じて造られた用水とのことです。それだけでなく、再び橋立川や湯の沢に水源を取ったことで、新田開墾となったそうです。

その後の追記(秋の紅葉バージョン)

秋の紅葉の時期に、護国観音を撮りに

春の桜の頃に、行った時に大渕寺の入口から見えると言われる、裏山の護国観音がひとつも写真に撮れていなかったので、再度、トライしました。

今回もこの場所からだと、私には見えているのに、写真では護国観音がよくわからない状態です。

桜の時期は、もろ桜の花の白っぽさとかぶってしまってわからなくなっています。

桜はきれいでしたけど。

 

下の紅葉とコラボの護国観音像

さすがに、ここまで引き伸ばしますと、スマホ写真とはいえ、わかりますよね。

山門の紅葉といい具合です。

大渕寺は紅葉が美しいのですが、意外と裏山のほうは緑が多いですね。

常緑樹なのでしょうか。

 

桜の時期と同じような場所でも撮ってみました。

桜はもちろん咲いていませんし、葉も落ちているので、なんだかスッキリした感じにみえます。

そうなると、護国観音像がよくみえますね。

 

前回は、裏山から降りてきましたので、今回は山門から登った写真となります。

やはり視線が違っています。

観音堂の裏手の紅葉がきれいです。

観音堂の裏手にお不動様の祠があると聞いたのですが、これのことでしょうか。

手前には、湧き水が流れ出ていました。

春には気がついていませんでした。


それと前回の宿題であるカタクリの花が咲いている場所を探しました。

もちろん今の時期は咲いていませんが、野の花が咲くような場所があったかなと。

紅葉の横の斜面のところかなと思ったのですが。

こればかりはその時期にならないとわかりませんね。


ということで、観音堂から降りることにしました。

遠くに山が見えて、秩父の夕焼けです。

この日は、納経所が閉まる4時の10分前に到着したので、御朱印はいただかずにそのまま帰りました。

11月になると、4時で納経所は閉まります。

 

夕日があって、山のあたりがピンクにぼんやりとしています。

枝垂れ桜は、すべて枝だけになっています。

春には気が付かなかったですが、山門の先には紅葉があったのですね。

ということで、ここで先程の春のバージョンを。

上の写真をコピペ。

桜の時期は、こんなになっていましたから、桜に気を取られますよね。

さて、秋の写真に戻ります。

山門を出たところは、このように紅葉がきれいでした。

じきに、これらも葉を落とすのでしょうね。

山門の先には、しめ縄のようなものがついている石柱です。

そこをさらに下ると、お地蔵様のところに行きます。

お地蔵様の服となるよだれかけも真っ赤ですが、そのまわりも真っ赤に染まっています。

赤に赤でいいですね。

この時期もあと1週間くらいなのかな。

 

春の桜の時は、影森用水の説明書きの看板しか写していなかったのですが、これがその説明書きの看板手前にある影森用水の「水路」らしきものです。

素朴な感じがしますが、私財を投げうって作ったものですから、貴重ですよね。

春の桜の時期と、紅葉が美しい時期の比較はいかがでしたか。

今回は、大渕寺の山門から護国観音像が裏手に立っていることがわかるような写真が撮れてよかったです。