山門のそばに「日本百観音霊場 秩父一番四萬部寺」と書かれた石碑があります。

写真ばかり溜まってしまって時期が遅れてしまっていますが、秩父札所めぐりについてブログに書いていこうと思っています。

札所めぐりは、順番はバラバラという人や、逆打ちする人もいますが、とりあえず1番から回るのが良さそうと思っていますので、秩父札所めぐりも1番からスタートしてブログ書いてます。

観音さまの札所めぐりは、百観音といわれるくらい、西国、坂東、秩父が有名です。

中でも秩父は比較的歩き巡礼でも行きやすい札所ではないかと思っています。

私の場合、坂東も巡っていますが、そちらはバス旅行中心です。

秩父はなるだけ、江戸古道を通って歩き巡礼を行っていくつもりです。ブログに紹介です。
(その後、通ってなかった部分の江戸巡礼古道も歩きました)。

最後に江戸巡礼古道について、付け加えましたので、心求、はまの道標石(道しるべ石)についても写真を載せています。


歩き巡礼中心で秩父札所めぐりを始めた

まずは、西武秩父駅からスタートしようと、西武秩父線に揺られていきました。

何度もお世話になる西武鉄道です(その後、武蔵野33観音めぐりや、狭山観音めぐりでも利用)。

途中の飯能駅で列車がドッキングするところを見ながら、西武秩父駅へと向かいました。


定峰峠行きのバスに乗りまして

今は全く違う時刻表でしょうが、西武秩父駅に着きましたら、バスに乗って札所1番の四萬部寺を目指しました。

駅からは完全に徒歩で、歩き巡礼にしたいという人は、和銅黒谷駅から歩いていけるでしょう。

私の後で歩きましたが、小川町からイーグルバスで橋場のバス停から粥仁田峠を通る道もあります。

私は和銅黒谷駅からも、粥仁田峠からも両方とも歩いた経験があります。

 

1巡目は、まずはバスに乗って1番の四萬部寺近くまで行きまして、そこからはずっと歩きというスタイルにしました。

完全なる歩きだけの巡礼ではないのですが、ほぼ歩き巡礼という「ゆるい歩き巡礼」の旅をスタートさせたのです。

初回は雨まじりの天気でしたが四萬部寺に到着したら雨が上がりました。


 

バスからの光景です。

秩父は札所もありますが、秩父神社という一の宮の神社もありまして、至るところお寺や神社をみかけます。

秩父市役所前もこのような建物(秩父神社の御旅所)があって、京都や鎌倉ほどではないにしろ、お寺や神社の多い地です。

秩父は札所めぐりの土地なのだなと思った次第です。


ブログのスタートは栃谷のバス停から歩いて四萬部寺へ

本来なら、バス停には、札所1番というところもありますが、私が西武秩父駅に着いた時は、そこまで行くバスがなくて、栃谷というバス停で降りて、そこから歩いて行きました。

はじめての土地は、旅行気分でテンションが上がります。

旅籠一番という旅館がありまして、看板を見ていたら、露天風呂が気になりました。「島府の湯」だそうです。

ちなみに、秩父にはいくつか温泉宿がありますよ。

日帰り温泉もありました。

3月になったばかりなので、梅の花がきれいな時期でした。



定峰川という川を渡りますと、もうすぐ四萬部寺です。



四萬部寺の近くには、八坂神社がありました。

当日は午前中が雨が降っていまして、あいにくの空模様です。写真はどれも暗めですね。


四萬部寺は昔は妙音寺とも呼ばれて

すぐに四萬部寺の駐車場が見えてきまして、ここから34観音のスタートとなります。

江戸時代くらいの書物には、四萬部寺のことを妙音寺と書いてあるのをみました。

最後のほうで訪れる32番の法性寺には長享二年の秩父札所が始まったくらいの文献がありまして、その頃は、この四萬部寺(妙音寺)は二十四番でした。

以前は秩父神社の近くから始まっていたからです。しかし、江戸からの巡礼が多くなって(一番人気のルートが小川町から峠を超えて東秩父村からのルート)順番が変わったそうでう。

詳しい説明は看板を見ていただくとして、これを読みますと、昔は、札所が現在の番号とは違っていて、江戸からの旅行者の便を考えて変わって行ったようです。

四萬部寺のお堂は、入母屋造りで、埼玉県の指定文化財にもなっているとのことです。秩父の名匠、藤田徳左衛門吉久の作。

天井には龍画(狩野常信の弟子が書いたのだとか)、珍しい施餓鬼堂、それに本堂にある極楽図、地獄図も有名です。

性空上人が弟子に命じて四万部も読経して供養を行って塚を作った、読経を四萬部それで、四萬部寺なのですね。


駐車場から山門へと歩いていきました。

すると先程看板を見た旅籠一番がありましたよ。

なかなか雰囲気のいい旅館ですね。秩父には泊まりでないと行けないというところに住んでいる人は、こういう旅館も検討してみてはいかがでしょう。

旅籠一番の場所は三叉になっていて、四萬部寺がお向かいにあります。



 

地鶏たまごの看板もみえます。そのそばには、江戸巡礼古道の文字がみえます。



こちらがその江戸巡礼古道です。

これからの巡礼は、主にこの江戸巡礼古道を歩いて行くことにしました(その後、3巡目は通れないところを除いて、すべて江戸巡礼古道を使うことにしました)

もちろん、近くまではバスや電車を利用しますが。


元禄八重紅梅がきれいな四萬部寺

誦経山四萬部寺の山門からの眺めです。

ちょうど雨があがってよかったです。

まだまだ寒い頃でしたが、梅の花が咲いていました。源平梅と聞いていたのですが、元禄八重紅梅というのだそうです。

私の場合、お寺めぐりの楽しみのひとつは、お花を見ることなのです。

ちなみに、2巡目は秋の紅葉の季節にしたので、その時の写真をNoteに乗せていますので、興味ある人は、ご覧ください。

https://note.com/yukarm/n/n86b98b757903

紅葉の札所1番四萬部寺



完全に徒歩で巡礼をする予定の人は、この地図を参考にしてみてください。

和銅黒谷駅から札所1番まで、徒歩では45分かかると書いてありますね。

札所1番から2番までは50分など目安時間を書いてくれてあります。

とは言え、札所2番は無人寺なので、納経、すなわち御朱印をいただくのは光明寺になります。

札所2番の真福寺への時間は書いてありますが、納経は別の場所となります。

札所めぐりのツアーの人たちは、真福寺ではなく、直接、光明寺に行くそうですね。大型バスは真福寺まで行けないのでしょう。マイクロバスもきついかな。

 



座禅石などをみながら中に入っていきます。

札所2番の真福寺が加わって、33観音ではなく、34観音になったことで、西国、坂東と合わせて合計、百となり百観音になったということです。



納経蔵の前には永代供養塔とも書かれていました。祈祷寺というよりは菩提寺なのでしょうね。

お里かえりのお釈迦様という像がありました。

行方不明になっていた(盗難?)のが戻ってきたそうです。それでお里がえりなのですね。

みなさんでお金を出し合って、買い戻ししたそうです。

 

後日撮ったお里帰りのお釈迦様と本堂。



お釈迦様のもとには、千手観音の像などがたくさん並んでいます。

十二支の守り本尊八体像です。

経塚の復興碑

経塚復元の碑が見えます。その碑の奥には、納経蔵です。

手前は神社で見かけるような奉納とかいた石碑。石塔も見えます。

これが経塚再興の碑です。

私が参考にしている江戸時代のガイドブック『秩父順礼独案内記』には誦経塚と書かれていました。江戸時代には、寺の前にあったと書かれていました。

四萬部寺という名前は性空上人の命により弟子の幻通がこの地を訪れて、四万部の読経をしたことから名付けられています。人々を教化してここに経塚を建てたのです。

四萬部寺は元は裏手の山のほうにあったと言われています。古い札所案内図にはその場所が載っていることもあります。

そもそもは四萬部山の山中にあったとされる観音堂ですが、広見寺の端山和尚が開いた妙音寺があって、元禄十年にそこに観音堂を建立して、ここの観音様を安置して寺の名前も四萬部寺に変えたのだそうです。

その頃は、堂宇も広く大きいものがあったのだとか。



四萬部寺には、鐘がありました。

平和の鐘です。

昭和26年にできたそうです。戦後の弔いのための鐘なのでしょうか。秩父の戦死者の名前が刻まれているそうです。

その後、晴れた日に撮った鐘の写真。

鐘楼の柱は十二本ある珍しいものだそうです。

 

お寺めぐりの時は、最初に鐘をつきまして、帰る時はついてはならぬと言われています。

もし、鐘をつくのなら、先にしておきましょう。


本堂は札所唯一の埼玉県指定となる有形文化財(建築物)

埼玉県の指定文化財になるのもわかるようなかなり古いお堂です。秩父の霊場における建造物では唯一の県指定の文化財になっているそうです。

極楽之図が掛かっていますね。その向こうは地獄之図です。

もともとは札所一番ではなかったのでしょうが、このお堂を見たら、一番にふさわしいお堂を持ったお寺だと感じました。

発願のお寺です。


朱塗りの本堂といいますが、かなりくすんだ朱色です。

元禄十年十二月再建の棟札があるそうです。



元禄10年12月に再建され、宝暦6年などにも浅草講中の寄進により修理しているそうです。

年季が入っています。

お賓頭盧さまの説明書きが見えます。

 

後日晴れた日に撮った本堂の写真。別の角度からです。極楽図の彫刻が見えます。

 

こちらは地獄図の彫刻がわかりますか。

もう少しアップで撮った地獄図の彫刻。

 



おたすけ観音様と書かれていました。

戦後の物資が不足している時代につくられたという観音様です。一陽来復の観音様。

「どうぞ本堂に上がって近くでお参りください」というのが嬉しいですね。

最近は遠くから、それも見えるかどうかもわからないような格子戸を通じてというお寺も増えていますからね。

なお、御本尊は別にありまして、そちらは江戸時代につくられた聖観音菩薩像です。

お助け観音と極楽図の彫刻

元禄十年に再建だから、建物はずっと江戸時代から人々を見てきたのでしょうね。

年季が入っていることは一目瞭然。さすが埼玉県指定文化財です。

後日撮った写真は、1巡目に咲いていた元禄八重紅梅(納経所前にある)は、まだつぼみです。

ちなみに、ここにあったお賓頭盧さまとお助け観音さまの説明書きです。



秩父の霊場では珍しい施食殿です。1巡目の時は元禄八重紅梅がきれいに咲いていました。

この施食殿は江戸時代に移築されたそうです。

8月には大施食会が行われているそうです。施食会(せじきえ)ですね。

施食殿も晴れた日に再度撮りました。本堂と渡り廊下でつながります。

今度は近くまで行けたので、かなりアップでの写真です。

施食殿には中央に八角輪蔵があります。この八角堂の中にはお地蔵様がいらっしゃるそうです。

夏の暑い時に法要が行われていました。私はネットで中継をみました。

関東三大施餓鬼のひとつ。500年の伝統の法要だそうです。

法要では、これがぐるぐる回るのです。

昔は法要に時には米を炊いて皆に平等に施したとされます。


金剛杖や笈摺、納経帳など巡礼用品を札所1番で揃えるのも良し

施食殿の隣に、納経所がありました。

さすが一番のお寺だけあって、これから巡礼に出る人に納経帳や頭陀袋、金剛杖など巡礼用品が売られているので、ここで揃えることができます。

それにしても元禄八重紅梅がきれいな時期で良かったです。

 



秩父札所では自転車を借りてレンタサイクルによる巡礼もあるようです。



昔は宿にでもなっていたのではと思うようなお寺の庫裏です。

間違えて入る人が多いのか、納経、御朱印は隣と書かれていました。

下の写真も晴れた日に撮った写真です。

庫裏の前の宝篋印塔の写真と庫裏の屋根にある鬼の面下にある「一番」の文字

庫裏の全体はこちらの写真です。江戸後期にあったというぬれ縁をつけた造りの建物。

江戸時代の面影はこの庫裏の建築にあるのだとか。かなり広いお寺だったそうです。


宝篋印塔の前には、栃谷学校跡の碑があります。寺子屋かな。



先程も書きましたが、このような巡礼用品がそろっています。

福財布に小銭を入れておくと、お賽銭にいいですね。

秩父は熊が出る場所もありますから、鈴がついた金剛杖は便利です。

笈摺も売っていました。



秩父の札所を巡ると、このような絵が掲げられています。

四萬部寺の起源や由来。


本堂の裏手の丘は紅葉の場所で有名

本堂の裏手には、このような地蔵様や石碑のある場所もありました。

 

【その後の再訪時のもの】

 

紅葉の頃の様子を少しだけ。

山門からの様子


本堂を横から。奉納額絵とともに。



裏手の山から見た様子。



裏手の山は赤だけでなく黄色も。お地蔵様とともに。

もっと丘の奥には、芳魂供養塔があります。紅葉の季節は本堂裏手の丘を登るといい写真がとれますよ。

詳しくは、私のNOTEのほうをどうぞ。



山門から、外を見ても紅葉です。

札所1番、四萬部寺は紅葉の名所としても知られています。


紅葉の時のブログ記事はこちら

>>秩父札所1番は四萬部寺(しまぶじ)でここからスタート

 

さらに、蝋梅の咲いている頃の晴れた日に撮った写真も追加しました。

今回いくつか写真を追加したのは、このように四萬部寺の裏手でロウバイが咲いている時期でした。

とはいえ、ロウバイはそれほど見頃の時ではなかったようです。

ロウバイがきれいだなと写真を撮っていたら、、、

改めて気がついたものがありました。後ろに見えます。

今まで全く気が付かなかった四萬部寺入口と書いてある石碑です。

石に刻まれています。

その上は、玉ねぎ状と言われる独特な地層です。

これもこれで秩父の地層めぐりをしている人は見に行くといいですよ。

ジオパーク秩父のサイトによると、
「観音堂の西側には新第三紀の泥岩層があり玉ねぎ状の風化構造が見られる」
とのことです。

このほかにも裏手の石が積んであるところに、黄色い花を見つけたりしました。

名前がわからないのですが、以前にもどこかでみたことのある黄色いお花です。



話を元に戻します。ここは本堂裏手の水子地蔵ですね。

秩父の31番の札所近くには、もっと多くの水子地蔵を集めたお寺がありますが、そちらについては、後日書きたいと思っています。



さて、次は札所2番の真福寺へ参拝することになりますが、雨があがって山道がどうなっているのかわからなかったので、今度参拝することにして、光明寺へ先に行くことにしました。

ツアーの人たちは、真福寺へは行っていないと聞いたのですが、天気の良い日に行きたいなと楽しみは取っておくことにしました。


ちなみに、真福寺へは四萬部寺近くから登っていく方法と、光明寺側から登っていく方法があります。

こちらは、四萬部寺側からの登り口です。

2.5キロあると書いてあります。ただし山道ですね。

最初の難所になると聞いていたのですが、他で大変な思いをしたことありまして、思ったよりも簡単に登ることができました。

しかし一巡目は、納経所の光明寺のほうを先に行くことにしました。

発願印と満願印もいただけました

私はすでに3回目を回ってますが、札所34番に行って結願した直後でもいいので、また、札所1番に参詣してみてください。

満願の印もいただけますから。

この印を励みにして、最後まで、秩父の札所巡りをしてみてくださいね。

札所二番までの江戸巡礼古道について(道しるべ石など)

最後に江戸巡礼古道についてです。

山門を出て旅籠一番の前を通ります。

江戸時代のガイドブック『秩父順礼独案内記』にも、門前には茶店や旅籠屋があると書かれていました。

この入口の前にある細い道を入っていきます。

道が二股のところまで行くと、「札所めぐりの道しるべ石」と古い道標の石がありました。

ここでは道標の札所二番のほうに進みます。

下の石が比較的新しく、上が古い石のようです。

天下大平の文字がみえました。元禄十五年も見えます。

「右大たな(棚)道、 左志かう道」となっているとのこと。

大棚とは、大棚山真福寺のこと。

志かう道は、志かう=慈光寺のこと。坂東三十三観音の札所九番の慈光寺(ときがわ町)のことです

清水橋を渡ります。

しばらくすると、心求とはまの道しるべ石が見えます。

「右順礼みち」と書いてあるそうなのですが。

 

しばらく歩くと、三叉路になり、ここでは、「にょいりんさま」と呼ばれているお堂が見えてきます。

その手前には、「みぎ 三ばん ひだり 二番」の道しるべ石です。

 

私には「みぎ 三ん」と見えるのですが、三ばんなのでしょう。

「ひだり二番」は、文字がわかりました。

そのほか、大日如来などの石碑もありました。

肝心の如意輪観音様があまりよく見えません。

少し歩くと、大きめの道路に出ます。

道路を渡る手前には新しめの石のようです。

「順礼みち」かな。

大きめの道路を渡るとそこにも道しるべ石があります。

札所2番真福寺、約1.7キロメートルと書いてある看板の下です。

こちらは、「順礼道」と書いてあるみたいですね。

さらに歩くとT字路にぶつかります。

そこには、心求とはまの道しるべ石「左 二ばん道」別の面に「右 志まんぶ道 左 大ミや道 左 二ばん道」となっているとのこと。「左 二ばん道」は裏側に書いてるみたいでした。後になって気が付きました。

大ミやとは、大宮です。大宮駅の大宮ではなく、秩父神社の大宮でしょう。

この後は、左に曲がり、のどかな道を過ぎたら真福寺までの山道になります。

しばらく歩くと、石碑が並んでいるところを通ります。

こういう石碑があるということからもここは巡礼古道だとわかります。

供養塔なのでしょうか。

ここにもお地蔵様が一緒になっている石碑がありました。

古いガイドブックを見ると、ここらへんに茅葺き屋根の家があったりしていたのですが、光景が変わってきているのでしょう。

石碑を残していただけるだけでもありがたいことです。

馬頭観世音の石碑のところから、徐々に坂道になると言われていました。

ここからが山道ですね。札所1番から回る人は、最初の関門になります。

しかし、全部を歩きで回った人なら、これはまだ序の口ということなのですよね。

とはいえ、勾配があっても舗装された道なので、迷うことはありません。

車で行くとなると、すれ違いができるのか。

私としては歩きで参拝するのをおすすめなのですが。

杉木立の中を通ります。

暗い場所になってくるので、なるべく昼間、午前中ならなおよしという場所です。夕方は通らないほうがいいでしょうね。

札所二番の真福寺近くには人家がありますけどね。

 

四萬部寺でも見た、玉ねぎ状の風化構造がみえる地層です。

このような地層は真福寺の参道でも見ることができます。

やっと札所二番に到着です。

この先にも山道が続くようですが、今は通行止めになっていました。古いガイドブックには、さらに先に旧本堂の跡があるそうです。

 



次は、札所2番の真福寺へ
>>真福寺(花桃の時)と光明寺、秩父札所2番

秩父札所めぐりについてはこちらが全体の記事一覧です。

>>「秩父34観音札所」の記事一覧



初めて札所めぐり巡礼に出るのなら

下のセットを見てもわかるように、最低必要なものからで大丈夫。

白衣やおいずる、金剛杖は、必要だと思った時に。

ただし、四国などのお遍路さん用ではなく、「観音霊場」のものを選びましょう。


 

まずは輪袈裟(わげさ)を用意しましょう。


>>輪袈裟 般若心経柄 どこのお寺にも使えます お遍路用品 お遍路グッズ






数珠(念珠)は既にもっている人もいることでしょう。
自分の家にあるものでもいいです。

>>観音霊場巡礼用数珠 茶





納め札は「観音霊場」と書いてあるものを。
観音霊場共通というものでも、以下のような秩父、坂東、西国の別があるものでもいいです。



>>納め札(観音霊場) 巡礼用品

納経帳は最初のお寺で購入してもいいですし、前もって用意しておくのもいいです。

私自身はネットで購入してから行きました。千糸繍院のものは、坂東の時に買いました。ちょっとかさばるのですが、刺繍がきれいです。

>>千糸繍院 謹製 秩父三十四観音霊場 納経帳 西陣織/表紙刺繍 蛇腹式 全88ページ (桃地紋)



 

経本は最初のお寺で買ってもいいですし、心配なら前もって購入です。

>>経本 観音経 西国 秩父 坂東 出羽 中国観音 お遍路用品 お遍路グッズ 西国三十三所