今までも書いたように、札所2番の光明寺で納経所に立ち寄ってから、次に札所3番の常泉寺に行きました。

発願してその日のうちに、です。

秩父は巡礼の人のために、至るところに道案内の石碑や看板がたっています。

こちらは札所三番の入口です。

下の台座に、ひだりが十番みちとなっていて、みぎが四番と書かれていますね。



江戸巡礼古道については、別の記事にする予定です。

紫陽花で有名な札所3番の常泉寺



そのほかにもこのような大きな看板(バスに乗っている時もすぐに目に止まる)があります。

方向もわかるうえに近いお寺に関しては、目安となる距離も書いてあるので便利です。

この距離が書いてあることで、あとどれくらい頑張ればいいのかもわかります。



「三番道」の石碑を見ながら、方向もわかるので、それに沿って歩きます。

江戸巡礼古道は、このような古くからある石碑などが残っているのですよね。



畑道ですが、遠くにお寺が見えてきました。

車の通り抜けはできませんと書かれていますが、徒歩だと通ることができます。

今は、お寺前の真っ直ぐの道を通りますが、江戸時代はホテル美やまのほうから歩いて、こちらの道を通ったようです。



畑の一本道というのか、田んぼの一本道というのか、一本道のところを通って常泉寺に到着です。

ちなみに江戸時代の『秩父順礼独案内記』によると、常泉寺は「岩本」と呼ばれていました。

山の手にあって、長命水が庭先の井戸にあるとのこと。

江戸時代から子産石(子持石のこと?)はお堂の傍らにあると書かれていました。不睡石(?達筆すぎて字がわからないが)が山の手にあるとのことが書かれてました。

さらには、「岩本の瀧」があるとも書いてます。



秩父霊場の札所と書かれていなくて、「補陀所」となっています。

仁王様が見えますね。



こちらが常泉寺の本堂です。

ここでも参拝させていただきましたが、私の目的は観音堂のほうです。

本堂の向かって左方向に観音堂があります。



観音堂は本堂の右手にあり

こちらは、お賓頭盧さまでしょうね。

小坊主が指し示す方向に観音堂があります。



全体像としてはこんな感じです。

観音堂の屋根のそりが美しいとして知られています。

裏手にはすぐそばに山がそびえ立っています。



常泉寺には蓮池もありますが、私が行った時はまだ寒い時期でしたので、夏の時期にならないと蓮池の花は見れないですね。この時は、蓮は7月下旬から8月に咲くみたいでした。

蓮池の奥には、六地蔵がありました。

小さなお堂も見えますね。手前には、埼玉県に多い増上寺の石灯籠です。

こじんまりとしていますが、いろんなものがある常泉寺です。

お寺の裏手には山があります。



再訪時に、境内にある長命水の井戸を写真に撮りましたが、飲用には不適です。

飲料はダメでも、ご自宅の庭にまくくらいはできるでしょうね。


地下水の鉱泉があるようです。

岩肌も独特のものがあります。


切り立つ岩肌と言っても、31番のような高さはありません。

蓮の花が咲く頃にも参詣したいと思いました。


千部供養塔です。


先程見えたお堂は、文殊堂でした。


蓮池よりも紫陽花が有名になっている常泉寺

さて、メインの観音堂へと急ぎましょう。

この観音堂への階段の脇には、枯れた切り株になっていますが、紫陽花の切り株があります。

ここ常泉寺は秩父の中でも有名な紫陽花の名所なのです。

紫陽花がないおかげで、お地蔵様が見えますからこれはこれでいいのかもしれません。

改めて紫陽花の頃に来ればいいだけです。



観音堂に行きますと、岩本山(常泉寺のこと)の今昔という説明書きがありました。

常泉寺は昔は裏手の小高い山の上にあったそうです。

弘化4年の火災で焼失してしまったとのこと。聖観音菩薩像は難を逃れたのですが、胸に当時のやけどの跡が残っているそうです。



厄除観世音と額に書いてあります。

秩父札所三番、岩本山常泉寺です。

御本尊は、聖観音菩薩です。

お堂は焼けてしまったのですが、観音堂のほうは、秩父神社の境内にあった蔵福寺の薬師堂を移築したものだそうです。

藤田徳左衛門吉久の造営と伝えられます。札所1番の四萬部寺でも棟札に名前が残っているそうです。

 

向拝下の彫刻も見事です。

唐破風様流れ向拝下付きとのこと。


柱と柱の間にある海老虹梁の龍の彫刻も見ものです。

再訪時に、もう少し彫刻がわかるように、写真を撮ってみました。

 



龍の籠彫は、飯田和泉の作といわれています。名工ですね。

厄除観世音の額がかかっています。



海老虹梁の隣には、秩父札所でおなじみの絵が掲げてありました。

「本尊聖観音像は行基の彫刻と伝えられ、長命水、子持石、不睡石の伝説が残っている」

と書いてあります。しかし、聖観音菩薩像は室町時代の作だそうです。

観音堂からの眺めです。

観音堂は高いところにあるので、常泉寺前にある用水路のあたりの田畑まで見えます。紫陽花の株が手前に見えるので、紫陽花の見頃の時期は山と田畑と紫陽花のコラボになりますね。

再訪時は、晴れていたので、遠くの山も見えます。





観音堂からみた蓮池と本堂です。

石仏の隣に枯れてしまっている紫陽花の株が見えます。

 


長命水、子持石、不睡石も紫陽花とともに有名

階段を降りて、蓮池の後ろに行きますと裏山の切り立った崖のところに石仏や石碑がありまして、そこに「不睡石」がありました。

眼病を祈る石だそうです。

しかし、これはけっこう新しいような石ですね。

以前の書物を読むと、「伝承が残るが、不睡石が見当たない」、とも書かれていました。

なので、新しく作ったのかもしれません。




本堂の縁側のところ、子安観音の前に、子持石がありました。

子宝を願う人が抱くと子宝に恵まれると言われています。

 



さらに本堂に向かって右手に行きますと納経所がありました。

納経を済ませてさらに次へと歩いて行きます。

 

再訪時が梅の時期だったので、白梅の花を載せておきます。

本来なら、紫陽花が有名な常泉寺なのですが。





徒歩の人は、次の札所へは秩父ふるさと歩道橋を使えます。徒歩と自転車のみ可能です。

車で巡礼の人はあっという間でしょうが、私は景色を眺めながらの歩き巡礼です。


いつものとおり、江戸巡礼古道を通って行きたいので、四番と書いてある石を見つけそれに沿って歩きます。

こちらが、ふるさと歩道となります。

秩父ふるさと歩道橋経由ですと、近道ですね。



四番までの目安となる距離も書いてくれています。

あと600mです。不思議ことに町中を歩いている時は、1キロなんて遠い距離に感じますが、歩き巡礼をしていますと、あと1キロというのは、「近いな」と思ってしまうのです。

これは不思議な感覚ですね。


江戸巡礼古道を歩いて行きます。ほどんど読めないのですが、道しるべ石です。

「右三番道、左四番道」と書いてあるそうです。



言われるとおり、自転車はなんとかなりそうですが、歩き巡礼のための橋のようでした。

車は無理ですね。

巡礼道の札がかかっています。

秩父は巡礼の街ですね。こうやって至るところ迷わないでいけるように札がかかっています。