旧東海道にそって、品川駅に向かって歩きながら、江戸33観音めぐりをしていた話の続きです。
番外の海雲寺、31番の品川寺の次は、一心寺と予定していたのです。
しかし、門はしまっていました。
たいていのお寺は、早くて4時に締まります。たいていが4時半くらいまでは開いています。
秩父の札所は夏時間なら午後5時まで開いてくれています。
それなので、油断をしていたら、一心寺は午後3時まで、となっていて、その日は、諦めることになりました。
まぁいい方に解釈します。
こういうことがなかったら、午後3時までだよ、ってブログに書けなかったわけですから。
一心寺は午後3時までで閉門に
実を言うと、午後3時を少し過ぎたくらいだったので、諦めるには諦めきれない気持ちでした。
午後3時に閉まるとは。
私と同じようにならないように、もし、品川区を中心に回る場合は、一心寺を先に回っておいたほうが、のちのお寺をゆっくりみることができますよ。
ということで、御朱印はこの日はいただけずに終わりです。
ただし、上の写真をみてわかるように、門がしまっているとはいえ、お寺の様子はみることができます。
お寺によくある山門のような境内の内側がまったく見えない、というタイプの門ではなく、アコーディオンタイプというのか、とにかく、お寺の様子はわかります。
開門は午前9時から
江戸33観音の札所として認められたのは、平成4年のことだったと書かれたものがありました。
「平成4年9月1日江戸観音三十三ヶ所之札所として当豊盛山延命院一心寺の三十番札所に認定されました」
と書いてありました。
江戸33観音ですからね。平成4年前はどこだったのでしょうか?
それまで江戸33観音の札所になっていなかったのは、成田山ですから、不動明王のイメージで江戸33観音のような観音様のイメージがなかったからかもしれませんね。
品川成田山不動尊としての一心寺
成田山新勝寺があまりにも有名ですが、成田山は、深川不動尊(東京別院)や川越にも別院があります。
そのほか、横浜の成田山(横浜別院)にも参拝したことがあります。
北海道にも札幌や函館にあるそうです。あとは、大阪、名古屋、福井ですね。
ですが、一心寺の品川成田山不動尊のことは、ここに来るまで知りませんでした。
成田山は、分院やら末寺などたくさんあるそうです。
東海七福神では壽老人
成田山ですから、ご本尊は、あくまでも不動明王でしょうね。
不動明王、江戸33観音の札所として聖観世音、そして七福神の寿老人をお祀りするお寺ということです。
残念ながら、本堂の扉はしまっていますが、門の外からでも境内の様子はわかりました。
再度訪問でリベンジ、旧東海道を歩きながら
今度は、門はもちろんのこと、本堂の扉は開いていました。
再度の参拝です。リベンジですが、もし住職がいらっしゃらないと、また、出直しか?
恐る恐る、中へ入っていきました。本堂の左側の柱にブザーを押すようにと書いてあったので、ブザーを押したら、住職が出てきてくださいました。
なんだかほっとしました。
前回、境内は見ていたので、どんな感じなのかつかめていました。
境内は広くありません。同じ品川区の旧東海道の海雲寺や品川寺に比べると、狭いことはわかります。
しかし、七福神めぐりでは、寿老人のお寺だったり、参拝する人はいるのです。
こじんまりとしていますが、お庭はきれいになっていて、木々や花が楽しめます。
それでもやはり、目立つのは、「成田山」の提灯ですね。
ここ品川の旧東海道の道沿いは、なぜか、お寺や神社が並んでいます。品川区を全部調べたわけではないですが、ここは集中している感じがしました。
昔の人は東海道を歩きながら、宿場町では参拝もしながらの旅だったのでしょうか。
御朱印は江戸33観音めぐりは観音様で、ご本尊は不動明王に
しながわ観光協会のサイトによると、こちらの一心寺では、ほうろく祭りとして、28日のお不動様の縁日に、薄い素焼きのほうろくの皿を頭にのせて、お灸をそえることを行っているそうです。
ほうろく地蔵でもみたことのある、あのお皿だなと思い出しました。
前回来た時は、気が付かなかったのですが、水かけ不動尊の石像がありました。
外からみた時ではわからなかったものも発見できてよかったです。
前回のときより、提灯の前にあった花もきれいに咲いていたように感じました。
一心寺の歴史は古く、安政2年の創建だそうです。
山門の「一心寺」の額とともに写真を撮りました。
商店街の中にあるお寺ですから、旧東海道を歩きながら散策してもよし。
新馬場駅からも近いので歩きで行けますよ。