港区を品川方面から歩いて巡礼している話の続きです。

高野山東京別院から道往寺を経て、済海寺を通り、次がこちらの魚籃寺です。

今回は、魚籃観音で知られる魚籃寺です。

ピンク色の門が目立ちます。だから、この色の門を目印に。

門にかかっている木札をみると、かなり歴史が古そうな感じがしました。

唐の都、元和年間の時代に、竹籠に魚を入れて売り歩く見目麗しい乙女の姿で出てきたといわれる観音さまを、写し取ったといわれるのが、今回の魚籃観音です。

ご本尊は、魚籃観世音菩薩です。

乙女の姿という非常に珍しい魚籃観音を拝見できて、江戸33観音めぐりをした甲斐があると感じましたよ。

女性にこそ、ぜひ、魚籃観世音菩薩を一度は、見てほしいなと、思いました。

 

魚籃観音の魚籃寺は江戸33観音の札所でもあり西方観音めぐりの札所でもある

 

江戸33観音札所25番の文字が板に見えます。

門の前には、六地蔵のお地蔵さまがいます。

おそろいの赤い帽子と襟巻き、よだれかけがかわいいです。

旗には、「ペットと一緒に入れるお墓」です。

魚籃観音の「魚籃」とは、魚をいれた竹籠のことです。

それで、大漁祈願だとか、海上安全、さらには商売繁盛を祈願する人も絶えずいたとか。

美しい乙女の姿で出てきたので、女性の信仰も厚かったようです。

 

魚籃観音と魚売りの少女

門前にはなかなかいい言葉が書いてありました。

「親切にしなさい

あなたに会う人は、みんな

厳しい闘いをしているの」

親切にしなさい、というだけあって、お寺の方は、親切でしたよ。

魚籃観世音菩薩像は、元はというと、馬郎という家に代々祀られていたそうです。

魚籃寺を創設した法誉上人が長崎に錫をとめていたときに、馬郎の子孫にあたる老婆が霊夢のお告げによりその像を法誉上人に渡したとのことです。

法誉上人が豊前中津に魚籃院を営んで、そこに安置して、その後、江戸の三田の地に仮のお堂を作り、さらに後になって、称誉上人が今の地に寺を建てて、奉安しました。

門に向かって左の木札には西方33観音、二十番の文字もみえます。

道往寺でもみた「西方観音めぐり」です。

 

山号が書いてあるような額に魚籃観世音菩薩の文字が

かなり年季の入った古い本堂ですね。

四代将軍徳川家綱の時代にこの地に建てたそうです。

魚籃観音様を念じて、海難を避けた絵馬などが本堂にあるということでした。

 


海に近かった高輪だから塩地蔵

金五百圓と書かれている石の柱がありました。その前には、亀石です。

亀石の文字の隣には、(通称、子宝石)とも書かれていました。

子どものない人がなでて子宝を願います。

 

塩地蔵のお地蔵さまもいます。

塩の袋がどっさりありますね。

昔、昔の話では、高輪の海からお地蔵さまが出てきたそうです。願掛け地蔵で、願いが叶ったら塩をお供えするという話。

それにしても高輪のあたりは、海だったのだと今回の江戸33観音めぐりで感じました。

何度も海の話が出てきましたから。


魚籃坂にある魚籃寺で美しい魚籃観音菩薩像を見る

本当に、竹籠を持っています。

竹籠には魚が入っているのかしら。

この写真は、お寺の許可をいただいて撮ったのですが、聞きそびれてしまったのですが、本物なのかは不明です。

というのも、魚籃観世音菩薩は、「秘仏」だと聞いたからです。5月に御開帳があると。

写真を撮影しても良いということから考えると、レプリカかな。

いや、それでもいいです。このような珍しい観音様を拝見できましたから。

そういえば、実物は18センチくらいのそれほど大きくない像であると聞きました。

右手に魚籃を持ち、左手は裾を引き上げているお姿の魚籃観音様です。

裾を引き上げているのは、金の瓔珞を見せることで、観世音菩薩であることを現しているのだとか。

実は、観音さまなのですよ、ということがわかるように、ということでしょうね。

それにしても、魚籃観音という観音様自体が非常に珍しいですよね。


魚籃寺のお魚の家は終了していた

魚籃寺を調べるとすぐに出てくるのがこの「お魚の家」です。

25年も続けてきたのですね。

「諸般の事情により、本年12月末日を持って終了」と書いてありました。

本年というのは、令和元年のことだと思います。私が行ったのが令和2年の2月初めくらいでしたから。

ファミリーハウスとして、難病の子どもに付き添う親が通うための家だったのです。

病院に寝泊まりできませんからね。難しい病気であれば東京の大きな病院に入院することもあるでしょう。

その時、近くに住んでいる人ならいいのですが、親が通うとなると大変です。ましてや地方から来た、となるとなおさらのこと。

境内の一部だった家を買取ることができて、そこを「お魚の家」にしていたそうです。

都内の大学病院などに入院、通院する子どもと母親が中心の「お魚の家」。

当初はNPOから家賃を受け取っていたそうですが、部屋を増やしてからは光熱費以外はほとんど無償だったと聞きます。

25年間のうちには、ここがあることで、助かっていた親子もいることでしょう。


本堂の木造の歴史ある古さと薬師如来の像

本堂に向かって右には馬頭観音の碑がありまして、左手には、薬師如来の像がありました。

医王の薬師如来です。病気平癒を願い、人々の苦悩を取り除く薬師如来。

そして、馬頭観音は、馬頭というだけあって、ペットに対してもお救いくださる観音です。